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福岡地方裁判所 昭和47年(ワ)732号 判決

原告 石津暢夫

被告 西日本鉄道株式会社

主文

原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

被告は原告に対し、金二、四七一、三九八円および昭和四八年七月一日以降毎月二三日限り、一か月金一一三、三五〇円を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決中第二項は、仮に執行することができる。

事実

一、当事者の申立て

(原告)

主文第一、二項同旨の判決並びに第二項につき仮執行の宣言を求める。

(被告)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。

二、当事者の主張

(請求の原因)

1  当事者の地位

被告は、福岡市に本社を置き、電車軌道、自動車運送事業等を営む株式会社であり、原告は、昭和三五年二月二二日被告会社に雇用され、昭和三六年一二月より被告会社赤間営業所においてバス運転士兼自動車車掌として勤務していたものである。

2  処分の存在

原告は、昭和四六年七月二九日勤務終了後の午後一〇時三〇分頃、被告会社赤間営業所において、被告会社巡視員より所持品検査を受けた際、原告が所持していた免許証入れの中から現金一、一〇〇円(一、〇〇〇円札一枚、一〇〇円札一枚)、および同人所有の自家用車(同人が通勤に使用しており、右営業所に隣接するガソリンスタンドの敷地内に駐車していたもの)のダツシユ板ポケツトから現金一一五円(五〇円硬貨一枚、一〇円硬貨六枚および五円硬貨一枚)がそれぞれ発見され、被告はこれが被告会社就業規則第六〇条第一三号の「私金の携帯もしくは所持を禁止されている者が勤務中私金の証明がつかない金銭を携帯もしくは所持したとき」に該当するとして、原告を、まず就業規則第八条第七号、労働協約第四九条第一項第七号を適用して、同年八月五日から同年一二月一〇日までの間出勤禁止処分に付し、かつ、給与規則第三一条労働協約第一七二条を適用して、右期間中の賃金を平均賃金の六〇パーセントしか支給せず、さらに、同年一二月一一日付で就業規則第六〇条第一三号を適用して懲戒解雇に付し、以後原告との間の労働契約関係の存在を否認している。

3  処分の無効

(一) 出勤禁止について

(1) 就業規則第八条第七号による出勤禁止処分の合理的根拠は、従業員に懲戒処分に該当する事由があつたとみられる場合に、懲戒処分該当事由の存否の調査もしくは懲戒処分がなされるに先立つて、懲戒処分に相当する所為をなした当該従業員をあらかじめ職場から排除しておかなければ職場秩序が著しく乱される場合に、これを防止するため、最終の懲戒処分の事前措置としてなされるところにある。ことに、被告会社にあつては、従来から解雇提案をなす場合に限つて出勤禁止処分に付している事実からしても、この制度の趣旨がうかがわれる。

(2) 出勤禁止処分は、文字通りその期間中従業員に対し、就労を拒み、また前項2のとおり平均賃金の六〇パーセントしか支給されない。そのほか、出勤禁止期間中に賞与の支給日が到来した場合には、従来の慣行を理由にその全額が支給されず、あるいは、その後のベースアツプのうちコース別、職位別の加算分、賞与の配分についても出勤禁止期間一日につき一定の割合で減額を受け、あるいは、昇給期間についても不利益を被る等、出勤禁止処分には様々の不利益がともなうものである。

(3) それゆえ、出勤禁止処分に付することのできる範囲については、おのずから限界があるのであつて、まず、出勤禁止処分に付する当時において、会社が知りまたは相当の注意をもつてすれば知り得たであろう資料に基づいて客観的、合理的に判断して懲戒事由の存することが十分認められることが必要であるが、前記制度の趣旨、目的に照らせば、懲戒事由が存在しても企業内における職場秩序の維持の面から評価して、事案が軽微で、さほど重い懲戒処分に値せず、特に出勤禁止処分に付さなくとも職場の秩序を乱すおそれが少ない場合には許されないと解すべきであり、また、出勤禁止処分には前記のような不利益がともなうのであるから、懲戒処分の中でも最も重い当該従業員を最終的に企業から排除する「解雇」の蓋然性が強い場合においてのみ許されると解すべきである。すなわち、被告会社にあつては出勤禁止処分に付されると、その期間は四か月に及ぶこともあり、通常懲戒処分の確定まで数か月を要し、その間前記のとおりの不利益を被らざるを得ない反面、もし懲戒処分が解雇以外の処分に落着すれば、最も重い懲戒処分ですら最高一〇日間の出勤停止にしかすぎず、本来の懲戒処分によつて受ける不利益よりも、事前措置である出勤禁止処分にともなう不利益の方がはるかに大きいという結果になり著しく均衡を失し、とうてい客観的に許容された裁量権行使の範囲内のものとはいえない。

(4) 原告が所持品検査を受けた際に発見された前記一、一〇〇円および一一五円の現金については、後記主張のとおり、いずれも私金の証明がなされており、就業規則第六〇条第一三号に該当しないことは明らかである。しかも、このことについての調査は事件後数日にして完了しており、その後解雇の意思表示に至るまで格別の調査が行なわれた形跡はない。しかも原告が本件出勤禁止処分に付された当時、原告が就労することによつて職場秩序が著しく紊乱されるというような事情も認められなかつたし、また当時被告が知りまたは知り得た資料によれば原告に対して予想された懲戒処分は就業規則第五九条第一七号違反を理由とする出勤停止以下の処分であることが明らかであつた。このような情況のもとで、原告を出勤禁止処分に付するのは、その裁量権の範囲を逸脱するもので違法である。

(5) 仮に、出勤禁止処分が有効だとしても、その期間中平均賃金の六〇パーセントしか支給しないのは違法である。すなわち、出勤禁止処分は本来の懲戒処分の事前措置とはいえ、実質的には、減給の懲戒処分と何ら異ならない。そうだとすれば、労働基準法第九一条が一支払期における賃金の総額の一〇分の一を超えてはならないとしている制裁規定の制限と比べ著しく過重であり、違法である。もつとも、被告はこれに対して労働基準法第二六条の「使用者の責に帰すべき事由」による休業手当と主張するかもしれないが、同条は特定の工場、事業場、もしくは職場において、ある程度一般的に休業をなし、事実上特定の労働者に職を与えない場合に限り適用あるものと解すべきである。本件のごとく労働者が労務を提供しようとし、かつ使用者が受領できるにかかわらずこれを拒否した場合には、右条項の適用はなく、かかる場合には民法の原則に従い賃金全額を支払うべき義務がある。

(二) 懲戒解雇について

(1) 原告の免許証入れおよび自家用車の中から発見された一、一〇〇円および一一五円の現金は次に述べるとおりいずれも私金であることが明白であるのみならず、一一五円が発見された自家用車の駐車場所は被告会社の支配下にあるとはいえないから、右金員については勤務中金銭を携帯もしくは所持したときにもあたらない。したがつて、原告の右所為は前記就業規則第六〇条第一三号に該当しないから、本件解雇は無効である。

ア 現金一、一〇〇円について

(あ) 原告は昭和四六年七月二六日朝出勤前、妻より借金返済の名目で現金三、〇〇〇円(一、〇〇〇円札三枚)を受け取り、これをそのまま自宅の洋服たんすの上に保管していたが、同月二八日午後勤務終了後、自宅から右三、〇〇〇円を持ち出し、当日開かれた職場のグループ常会に出席した。常会終了後、原告は宗像郡玄海町所在の被告会社鐘崎車庫横の「西川商店」こと西川真澄方に立ち寄り、同人から現金一、〇〇〇円(一、〇〇〇円札一枚)を借用して同日午後八時三〇分頃友人羽立誠方を訪ね、同人の妻喜代賀に対し、同女が原告のため立替え払いをしていたブラザー製品予約販売契約の月掛金一、〇〇〇円を所持金四、〇〇〇円の中から支払い、右誠は不在であつたため、右喜代賀を誘つて同郡福間町国道三号線沿いにあるドライブイン「ウエスト」に赴き、初めに、同店焼肉部で焼肉二人前(六〇〇円)とビール一本(二〇〇円)を共に飲食し、原告が所持金の中からその代金八〇〇円を支払い、次に同店レストラン部においてビール一本、グラタンおよびポークカツ各一人前を共に飲食し、同じく原告が所持金の中の一、〇〇〇円札でその代金九〇〇円を支払い、釣銭一〇〇円はこれをロングピース一個(一〇〇円)の購入に充てた。しかして、同日の原告の所持金残額は前記所持金四、〇〇〇円から右立替金および飲食に費消した二、八〇〇円を控除した一、二〇〇円であつた。

(い) 翌二九日、原告の勤務は午後三時からの予備勤務であつたので、午前中次男直季に歯の治療を受けさせるため、宗像郡津屋崎町の赤間歯科医院に行つたが、その際、前日までの所持金一、二〇〇円を免許証入れの中に入れて所持し、治療後、同医院の隣の鐘川商店でコカコーラ一本(三五円)およびアイスクリーム四個(二〇円もの二個、一〇円もの二個)を買い、その代金九五円は原告が免許証入れの中から一〇〇円札を出して支払い、釣銭の五円はこれを子供に小遣銭として与えた。

(う) 以上のとおり、原告は同月二九日の出勤前残金一、一〇〇円を免許証入れの中に入れて所持していたのであつて、所持品検査の際発見された一、一〇〇円は右金員にほかならず、これが私金であることは明白である。ただ、原告は同日午後一時四五分頃予備勤務として出勤したところ、当務助役から同日午後二時四〇分赤間営業所発のバスに急きよ代務を命ぜられ、偶々制服の開襟シヤツを忘れて出勤していたため、これを自宅まで取りに引き返えしているうちに発車時刻が切迫し、ワンマンバス運行に必要な諸準備作業に追われてバスに乗務したため、右私金の携帯を失念していて、その届出をしなかつたものである。

イ 一一五円について

自家用車の中から発見された一一五円については、原告には全く身に覚えのない金であつたが、後日判明したところによると、七月二九日午前九時頃原告が車の購入代金一万円を支払うため前記自家用車で、西日本相互銀行福間支店に赴いた際、同車に原告の子供二人を同乗させたので、その監視のために原告の父徳見も同乗することとなつたが、同人が孫の菓子代にと持参した小銭を、偶々浴衣を着ていてしまうところがなかつたので、原告に告げることなく、車のダツシユ板ポケツトの中に入れていたのを、結局、その折には費消することなく、そのまま置き忘れていたものである。

(2) 被告は、所持品検査の際発見された前記現金は、いずれも私金であることの証明がついていないとして譲らないが、就業規則第六〇条第一三号は、次に述べるとおり、その規定の趣旨および他の規定との均衡からみて従業員に対し私金であることの挙証責任を課したものと解すべきではなく、従業員側で公金であることにつき疑いを生ぜしめる程度の立証をすれば、会社側において公金であることを積極的に立証すべき趣旨のものと解すべきである。いま仮りに同条項が文言どおり、従業員に対して私金であることの挙証責任を課したものとするならば、同条項は労働者の基本的人権を侵害し、憲法第一一条、第一二条、第一三条、第三一条の精神に違反し、民法第九〇条に規定する公序良俗に反するものであるから無効である。むしろ、その場合は、同条項を制裁規定と解すべきでなく、服務規定として訓示規定の効力しかないものと解すべきである。したがつて、原告の前記所為はこの点からみても、就業規則第六〇条第一三号に該当するものではない。

ア そもそも右条項の定立趣旨をかんがみるに、鉄道、軌道および自動車運送事業を営む被告会社においては、乗車料金がその収益の中心をなす関係上、乗務員による料金着服行為は、当該企業の業務に対する違反のうち特に重要なものとして懲戒解雇事由として掲げられ、懲戒解雇事由を定めた就業規則第六〇条の第一一号「会社の現金、乗車券その他有価証券もしくは遺失物処理規則に定める遺失物を許可なく私用に供し、又は供そうとしたとき」も右条項と同じ趣旨と解せられる。ところが、同条第一一号を適用して、被告会社が公金だとの疑いを持つて懲戒解雇に臨んでも、公金であるとの証拠が不十分であればその適用をあきらめざるを得ず、現に、被告会社において、昭和三八年頃従業員が勤務中に現金を所持していたことが発見されたにもかかわらず、公金であるとの立証がつかず解雇提案を撤回せざるを得なかつたことがあり、これを機に被告会社では就業規則を改正し、その第六条で従業員の勤務中の私金の所持を禁止するとともに、第六〇条に第一三号の規定を加えたものである。

イ ところで、本来懲戒解雇理由は処分をする側において立証するのが原則であり、現に、就業規則第六〇条第一一号の挙証責任は被告が負担すべきことは明らかである。原則に対する例外すなわち、懲戒解雇理由についての挙証責任の転換は、それなりの合理的な理由が必要であつて、公金としての立証が不可能なため、逆に私金であることの立証を当該従業員に転嫁させ、その立証が拙ければ解雇するというのは到底合理的な理由となり得ず、被告会社の便宜によつて勝手に挙証責任が転換されることは、いわゆる挙証責任分配における公平の原則にも違反する。

そこで、被告会社においては、従業員に対し、就業規則第六条で勤務中の私金の所持を厳重に禁止し、私金を携帯もしくは所持して出勤した場合には所属責任者に届出てこれを預託する制度をとつており、また従業員が乗務につく前には、自ら私金の点検を行い、その上で私金を携帯していない旨の誓約書に押印することにしており、普段から従業員に対し私金の取扱いについては厳しく教育し、たえず警告を発しているのでこのような事情のもとで、従業員が勤務中金銭を携帯もしくは所持していることが発見されれば、それは当然公金であるとの推定が働くものであり、就業規則第六〇条第一三号の規定されたのもかかる理由に基づくものである。しかしながら、右推定はいわゆる「事実上の推定」にほかならず、その結果、従業員が勤務中携帯もしくは所持していた金銭につき公金であるとの推定が一応なされても、その金銭につき当該従業員が私金である旨あるいは公金でないとの立証を行ない、公金であることについて疑を生ぜしめれば、右事実上の推定は破れ、原則に立ち戻り、会社側においてあらためて公金であることの立証をする必要が生じ、かかる公金の立証を尽しても真偽不明の場合は私金の証明のつかない金銭携帯を理由に懲戒解雇することはできないと解すべきである。すなわち、右条項は被告会社における私金携帯に対する業務上の取扱いからみて、勤務中金銭を携帯すれば、一応公金であるとの事実上の推定が働くから、金銭携帯者において、その推定を破る立証をなすことを促がした規定であると解するのが相当であり、同条項によつて挙証責任が転換されたと解すべきではない。また、そのように解してこそ、料金着服行為の処罰、防止を目的とする同条項の趣旨にも合致するものである。

ウ 所持品検査等により勤務中現金を携帯もしくは所持していたことが判明した場合に適用される就業規則の条項は、(あ)当該金銭が公金であることが証明された場合には、就業規則第九号「許可なく会社の金銭、物品を持ち出しまたは私用に供したとき」または第一一号(前掲)が適用されて、懲戒解雇もしくは諭旨解雇に処せられ、(い)当該金銭につき私金の証明がついた場合には就業規則第五九条第一七号「私金携帯を禁止されている者が、勤務中私金を携帯したとき」が適用されて、出勤停止以下の懲戒処分に処せられ、また(う)当該金銭につき私金の証明がつかない場合には、就業規則第六〇条第一三号が適用されて、(あ)と同様の懲戒処分に処せられることとなつている。(う)の私金の証明がつかない金銭携帯が、(あ)の公金横領の場合と同様に懲戒解雇という厳しい処分に処せられ、(う)の場合を(あ)の場合と同様の取扱いをしているのは、これにより会社収益の根幹となる乗車賃の適正な管理を確立し、不正領得行為を防止せんとするものであることは疑いない。したがつて、(あ)の公金横領の場合と、(う)の私金の証明のつかない金銭携帯の場合を全く同視し、同じように懲戒解雇もしくは諭旨解雇に付することが合理的であるといいうるためには、(う)の私金の証明のつかない金銭の携帯が(あ)の公金横領と同視しうる程度に公金であるとの蓋然性を有する場合でなければならない。換言すれば、就業規則第六〇条第一三号にいう「私金の証明のつかない金銭」とは単に私金の証明がつかないというだけでは不十分なのであつて、それ以上に公金としての疑いを十分に有する金銭でなければならないのである。当該金銭携帯者の失念、記憶違い等から私金の証明がつきにくい金銭であつても、具体的状況から判断する限り公金としての疑いが薄弱な場合は、その金銭携帯は公金と同視し得る程度の業務秩序違反とはいい難く、右条項を適用して解雇処分に付することはできないである。すなわち、当該金銭携帯者は、私金の証明に代えて、公金でないことの証明をしても足りるのであつて、反面被告会社において第六〇条第一三号をもとに解雇しようとすれば、当該従業員の私金の証明を否定し得る程度に反対証拠をもつて反駁するとともに、公金であることを十分に疑わせる程度の立証を合わせて行わなければならないのである。したがつて、右条項の適用にあたつては、公金としての疑いが十分に存することとの内在的制約が存するのである。

エ しかるに、原告は前項(一)のとおり、所持品検査によつて発見された金銭について、いずれも私金であることを裏付証拠をもつて立証しており、また、一、一〇〇円については、当日の精算は過不足がないこと、精算を合わせて一日の運行で一、〇〇〇円札を抜き取ることは絶対に不可能であること等の客観的状況から、公金でないことは明らかであつて、原告に対し就業規則第六〇条第一三号を適用して行なつた本件解雇は、その解釈、適用を誤つた無効なものである。

4  賃金請求権

本件出勤禁止処分および懲戒解雇処分はいずれも無効であるから、原告は被告に対し、左記の賃金請求権を有するものである。

(一) 賃金

(1) 原告の本件解雇当時の平均賃金は、

ア 基準賃金 六三、二四〇円

その内訳は

基本給(三コース七職位) 五八、六四〇円

家族給           四、六〇〇円

イ 基準外賃金(昭和四六年五月、六月および七月分の平均) 二五、六〇〇円

の合計八八、八四〇円であつて、その支給日は毎月二三日であるから、昭和四六年一二月一日から翌四七年三月三一日までの間に、原告が被告会社より支給を受けるべき賃金の合計額は三五五、三六〇円である。

(2) また、被告会社においては昭和四七年四月一日から基本給の賃上げがなされ、三コース・七職位については、一か月当り一〇、一一〇円が賃上げされたので、賃金は一か月当り九八、九五〇円となつた。その結果、昭和四七年四月一日から翌四八年三月三一日までの間に、原告が被告会社から支給を受けるべき賃金の合計額は一、一八七、四〇〇円である。

(3) さらに、被告会社においては、昭和四八年四月一日から基本給の賃上げがなされ、三コース・七職位については、一か月当り一四、四〇〇円の賃上げがなされたので賃金は一か月当り一一三、三五〇円となつた。その結果昭和四八年四月一日から同年六月三〇日までの間に原告が被告会社から支給を受けるべき賃金の合計額は三四〇、〇五〇円である。

(4) そうすると、原告が被告会社より、昭和四六年一二月一日から昭和四八年六月三〇日までの間に支給を受けるべき賃金の合計額は一、八八二、八一〇円であり、昭和四八年七月一日以降支給を受けるべき賃金は一か月当り一一三、三五〇円である。そしてその内訳は、

ア 基準賃金  八七、七五〇円

基本給   八三、一五〇円

家族給    四、六〇〇円

イ 基準外賃金 二五、六〇〇円

(二) 出勤禁止期間中の差額賃金

原告は、前記のように、出勤禁止期間中(昭和四六年八月五日から同年一二月一〇日まで)は平均賃金の六〇パーセントしか支給を受けていなかつたところ、本件出勤禁止処分は無効であるから、被告に対し、その差額の請求権を有するものである。そして、その差額のうち三月分の合計額は一〇六、六〇八円であるから、原告は被告に対し、とり敢えず、右金員の支払を求める。

(三) 年間臨時給与

(1) 被告会社に勤務する者は、毎年労使間の協約等に従い年間臨時給与として、夏季および冬季の賞与を受けることになつている。

(2) ところで、原告は昭和四六年一二月一〇日に支給された冬季賞与の支払を受けていない。この点について、被告会社は労働組合に対し、賞与支給日前に懲戒解雇の提案をした場合には、賞与は支給しない慣行があるとして原告に対し右冬季賞与の支給を拒んでいる。しかし、被告会社のかかる取扱いは、明瞭に労働協約に違反するのみならず、とうてい労働法上自主規範として法的拘束力を有する「労働慣行」とはいいがたく、ただ、労働組合が何も異議を述べずに会社側のこのような違法行為を放置してきたというにすぎない。

ちなみに、昭和四六年年間臨時給与の協定書には、支給対象者は支給日現在の在籍者とされているが、原告は支給対象期間である昭和四六年四月一日から同年九月三〇日までの間は引続き在籍し、かつ同年一二月二〇日当時も被告会社の従業員であつたから、右協定によつても当然に冬季賞与を受ける権利を有するものである。

そして、昭和四六年冬季賞与の支給分は基準賃金の二・五四か月分であつたから、原告が被告会社よりうけるべき右賞与の額は一六〇、六二九円(63,240円/月×2.54月)である。

(3) また昭和四七年度年間臨時給与(夏季および冬季の賞与)の支給分は、基準賃金の四・〇四か月分であり、同年度の原告の基準賃金は七三、三五〇円であるから、原告が被告会社より支給を受けるべき右賞与の額は二九六、三三四円(73,350円/月×4.04月)である。

(4) なお、昭和四八年七月一〇日に支給されるべき同年度年間臨時給与の夏季賞与の支給分は、基準賃金の一・五か月分であつたから、原告が被告会社より支給を受けるべき右賞与の額は一三一、六二五円(87,750円/月×1.5月)である。

(四) しかして、原告は被告に対し、昭和四八年六月までの未払賃金および賞与の合計額と、昭和四八年七月一日以降毎月二三日限り一か月当り一一三、三五〇円の賃金請求権を有するものである。

5  よつて、原告は被告に対し、労働契約上の権利を有することの確認と、右合計額のうち二、四七一、三九八円および昭和四八年七月一日以降毎月二三日限り一か月当り一一三、三五〇円の割合による賃金の支払いを求める。

(請求の原因に対する答弁)

1  請求原因1および2の事実はすべて認める。

2  同3のうち

(一)の主張は、争う。

就業規則第八条、労働協約第四九条に基づく出勤禁止の趣旨が原告主張のとおりであることは認める。被告会社においては、従業員を懲戒処分に付する場合は手続上会社および労働組合をそれぞれ代表する委員で構成する労使協議会の決定を要することになつており、被告会社は、従来、従業員を就業規則第八条第七号、労働協約第四九条第一項第七号を適用して出勤禁止に付するのは、労使協議会に解雇の提案をする場合に限つていたが、処分の結果は必ずしも被告会社提案どおりすべて解雇となるとは限らず、出勤停止処分に軽減された場合もあつた。もとより、被告会社が当該従業員を出勤禁止に付するに際しては、その当時まで会社が知り得た資料に基づき、客観的、合理的に十分検討したうえ、当該行為を解雇相当と評価、判断しているのであるが、組合に対する提案後、組合の調査、意見によつて提案した処分が変更されることがあり得ることも制度の立前からして当然であり、労使協議会の協議の結果、解雇の提案が出勤停止に軽減されたとしても、出勤禁止に付した当時における当該所為に対する会社の評価判断が著しく社会通念に反しない限り、提案した処分が変更されたことによつて、出勤禁止が無効となるいわれはない。すなわち、出勤禁止に付するか否かの裁量は、解雇相当なりと判断したことを前提とするものであるが、解雇処分に付するか否かの裁量とは自らその裁量の範囲を異にするものであつて、解雇相当と判断される当該所為自体が職場の秩序を乱すおそれのある行為であるとの評価、判断に立つものである。

また、出勤禁止期間中の賃金については、給与規則第三一条、労働協約第一七二条により、平均賃金の六〇パーセントを支給しており、解雇を提案している期間中に賞与の支給日が到来した場合には、労使慣行によりその賞与全額の支給を停止している。このことと、諭旨解雇に次ぐ懲戒処分たる出勤停止一〇日間の不利益すなわち最高一〇日間賃金無支給とを比較すると労働協約第三四条第一項が、労使協議会が解雇を提案された日から四か月を経過しても解決しないときは、会社はこれを解雇することができる旨規定しているので、出勤禁止の期間は四か月の長期に及ぶこともあつて、出勤禁止によつて受ける不利益が極めて大きく、その間に不均衡を生じることもある。しかし、被告会社は、右労使協議会における四か月の期間が長きに過ぎることは再三組合に指摘してきたところであり、従来二か月であつたものが四か月に延長されたのは組合の強硬な主張によるものである。組合としては、解雇提案に対しては、慎重な事実の調査、意見の統一等に十分な日時を要するとして四か月の期間を主張したのであるから、その結果賃金六〇パーセント支給の期間が長くなることがあつても、やむを得ないものといわねばならない。

(二)の(1)の事実中原告の免許証入れの中から現金一、一〇〇円が、また自家用車の中から現金一一五円が発見されたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

原告は一、一〇〇円の現金について私金である旨るゝ主張するが、被告会社巡視員が原告を取調べた際の原告の一、一〇〇円についての弁解は終始一貫せず、現金の出所および費消状況についての陳述も変転し、その主張する費消金額と残金の計算も合致したとはいえないから、結局私金の証明がつかない金銭を携帯もしくは所持していたものといわざるを得ない。また、一一五円の現金についても原告は、被告会社の取調べ段階では原告主張のような事実を全く述べておらず、ただ、「何時入れたのかわからない。弟か子供が入れたのではないかと思う。」と述べるのみで、それが私金であることにつき明確な弁解もせず、また立証もしなかつた。

なお、被告会社の構内以外の場所に駐車してある自家用車についても、従業員が随時立ち寄れる場所に駐車してある場合は、その場所も私金所持禁止区域とし、巡視員が必要に応じてその車内を調査し得るものとしていることは、かねて従業員に対し周知徹底しているから、その車内にある金銭は、従業員が勤務中に携帯または所持するものとして、懲戒処分の対象となすべきものである。

(二)の(2)の主張は争う。

就業規則第六〇条第一三号の規定は、制定の趣旨、経過からして勤務中金銭を携帯もしくは所持していた者に対し、私金であることの挙証責任を課したものと解すべく、もし私金の証明がつかないときには同条項により懲戒処分に処せられるべきものである。

ア 就業規則第六〇条第一三号制定の経過

被告会社のように鉄道、軌道、自動車による運送事業を営む会社においては、乗車賃が収入の大部分を占め、企業存立の根幹をなすものである。ところで、その乗車賃の大部分は、監督者あるいは同僚の目をはなれた営業所外で乗務員によつて収受され、また乗車賃の性格上領収書を発行することもなく、正規の収受と現実の収受が一致しているか否かの確認の手段がないため、乗務員の良心的な乗車賃収受に期待するところは極めて大である。しかるに、遺憾ながらこの期待を裏切り、乗務員による乗車賃の不正領得が絶えないのが実情であり、最近七年間を通じ被告会社に露見したものだけでも三八四件に達している。被告会社がこれらチヤージ行為を放置し得ないことは多言を要しないところであつて、種々の方策を講じてチヤージ防止に努めているが、その一つの方策として実施しているのが所持品検査であり、前記三八四件のチヤージのうち三分の一に当る一二八件が所持品検査によつて発見されたものである。

乗車賃を隠匿していたものに対しては、就業規則第六〇条第九号または第一一号によつて懲戒解雇処分がなされることは勿論であるが、そもそも前記のとおり、乗車賃の収受が特殊な態様で行なわれるため、所持品検査の際発見された金銭が公金であつたとしても、それが公金であることを立証することは、本人の自白がない限り殆んど不可能であるといつても過言ではない。ことに、乗務員が所持品検査によつて金銭を発見された際、その金銭は自分が全く関知しないものであるとか、第三者の行為によるものであるとかの弁解をなす事例が生じ、このような場合には、事件処理が困難を極めるため、被告会社では、そのような事例の発生を契機に、昭和三八年頃就業規則の改正を行ない、その第六条で乗務員の勤務中の私金の携帯もしくは所持の禁止を明記し、その際「乗務員心得」を「乗務員の手引」と改訂して乗務員が乗務に就く前には私金を携帯もしくは所持していない旨の誓約書に押印して勤務に就くようにするなど、就業前の私金の取扱いについての諸手続を確定し、これに違反して勤務中に金銭を携帯もしくは所持していた場合は、乗務員自らその金銭が私金であることを立証しなければならない(すなわち、立証責任が乗務員に転換される)こととし、もしこれができない場合には、懲戒解雇されても仕方ないものとして、就業規則第六〇条第一三号を新設したものである。同条項は前記第六条のほか私金の所持自体を処罰の対象とした同規則第五九条第一七号と同時に新設されたものであるが、西日本鉄道労働組合もその間の事情を十分理解しており、被告会社より右改正についての意見を求められるや、異議なくこれに同意したものである。

イ 就業規則第六〇条第一三号の適用

右のような就業規則第六〇条第一三号新設の経過からすると、その適用においても私金であることの証明は厳格に要求されるべきである。なぜなら、乗務員は、同規則第六条によつて勤務中私金の携帯もしくは所持を厳禁されているのであるから、もし金銭を発見された場合、安易な証明、例えば家族の証言(家族間では口裏を合せることが容易である)等によつて、それが私金であることを軽々に認定していたのでは、右第六〇条第一三号の制定趣旨、ひいてはその前提となる就業規則の関連規定が全く無意味となり、チヤージ防止の意味は失われてしまうからである。

被告会社は就業規則改正以来その周知徹底方に努めてきたが、特に昭和四五年一二月五日には「従業員各位」と題する電車局長および自動車局長名の告示を、さらに昭和四六年六月一〇日にもまた同様の告示文を各営業所に掲示して警告し、なお同日付で「御家族の皆様へ」と題する文書を配布して従業員家族にも協力を求めた。個々の従業員に対しては、所属営業所の所長が個別指導を行ない、この指導を受けた従業員から「確認書」に署名捺印を受け、他方組合もまた昭和四六年四月三〇日第八回中央委員会名で「組合員に訴える」と題する文書を各営業所に掲示して、組合員に対する周知徹底をはかつてきたのである。

乗車賃の収受について、さきに述べたと同様、被告会社としては、乗務員の誠実さを信頼して乗務前の手続を実施しているのであるから、乗務員が私金の届出等の手続を行なわなかつた場合に、それが過失によるものか否か、また右のような手続を行ないながらなお私金を携帯または所持していた場合に、それが過失によるものか否か等は、被告会社にとつては全く判断のしようのないものである。したがつて、被告会社としては、誓約書に押印して乗務した者については、乗務開始当時においては私金を携帯もしくは所持していないものと信ずるより仕方がないのである。法律的にみれば、勤務中の乗務員は私金を携帯もしくは所持していないという強力な推定が働いているのであるから、もし仮りに過失によつて私金を携帯していたとしても、それが私金であることの証明は乗務員の側において厳格になされなければならず、そうでなければチヤージ行為をなした者も、過失によつて私金を携帯していたと主張することによつて、容易に自己の不正行為を隠蔽して解雇を免れ得ることとなり、前記就業規則の規定が無意味となり、チヤージ防止の効果を全く失わしめることになる。また、被告会社が、企業維持の根幹としている乗車賃収入は、これを個別的にみれば極めて零細な金額であるが、だからといつてチヤージしている総額が少額、零細とはいえないのであつて、過去のチヤージの実例よりみても予想以上にその金額は多額である。なお、チヤージの手段についてみても、当初は単純な方法であつたものが、次第に知能的となり、しかもチヤージした金銭の隠匿方法も巧妙になり、そのため調査は困難を極め、それが不当に領得されたものであるとの立証は、本人が認める以外は殆んど不可能な実情にある。

以上の点からみれば、勤務中私金を携帯もしくは所持していたことを発見された場合には、その金額の多寡、携帯もしくは所持の方法、場所等の如何を問わず、それが私金であることの証明は極めて厳格になされなければならないものというべきである。

3  同4の(一)の事実のうち本件解雇当時原告の平均賃金が八八、八四〇円(基準賃金六三、二四〇円、基準外賃金二五、六〇〇円)であつたこと、および基準賃金が三コース・七職位においては昭和四七年四月一日から一か月一〇、一一〇円、昭和四八年四月一日から一か月一四、四〇〇円それぞれ賃上げされたことはいずれもこれを認めるが、その余の事実は争う。仮に原告において賃金請求権を有するとしても、昭和四七年四月一日からの賃上げについては、昭和四七年四月以降賃金配分内容(甲第一六号証の一)によれば、コース・職位別加算金五、三一〇円については減額取扱いの定めがあり、昭和四六年四月一日から昭和四七年三月三一日までの間に運転事故以外の出勤停止、出勤禁止を受けた者は一日につき三六六分の三を、また病気欠勤をした者は一日につき三六六分の〇・八をそれぞれ減額されるように定められており、原告は昭和四六年四月に病気欠勤を二日しており、さらに同年八月五日から同年一二月一〇日までの一二八日間運転事故以外の出勤禁止を受けているので、右割合による減額を受けることになり、原告は右コース・職位別加算金を全額減額され、一律加算金四、八〇〇円だけが増額されるにすぎないから、原告の昭和四七年四月一日以降の賃金は月額九三、六四〇円となるにすぎず、また、昭和四八年四月一日以降の賃金は、右月額を基礎として算定すれば、一〇八、六四〇円となるにすぎない。そうだとすると、仮に原告が昭和四七年四月一日から昭和四八年三月三一日までの間の賃金請求権を有するとしてもその合計額は一、一二三、六八〇円にすぎない。

同(二)の事実のうち、被告会社が原告に対し、出勤禁止期間中は平均賃金の六〇パーセントしか支給しなかつたことは認めるが、本件解雇の効力の有無にかかわらず、出勤禁止処分は有効であるから、被告において四〇パーセントの差額を支払うべき義務はない。

同(三)の事実のうち(1)の事実は認める。同(2)の事実のうち、原告が昭和四六年冬季賞与の支給を受けていないこと、同賞与の支給分が基準賃金の二・五四か月分であることおよび原告の当時の基準賃金が六三、二四〇円であつたことはいずれもこれを認めるが、その余の事実は争う。

被告会社では、従来労働組合に解雇を提案し、懲戒処分決定がなされるまでの間に賞与支給日が到来した場合には、賞与支給を一時差止め、決定された懲戒処分が諭旨解雇以上の場合には原則としてそのまま賞与を支給せず、出勤停止以下の場合には賞与を支給するという取扱いがなされてきた。これは永年の労使慣行として既に一〇数年にわたり引続き行なわれて来たもので、民法第九二条により法的拘束力を有するものである。

原告については、解雇提案中に昭和四六年冬季賞与の支給日が到来したので、その支給を一時差止め、その後、懲戒解雇処分が決定したので、右慣行に従い、結局昭和四六年冬季賞与は支給しなかつたものである。仮りに、被告会社において右賞与を支給すべきものとしても、被告会社と西日本鉄道労働組合との間で取り交した昭和四六年度の年間臨時給与に関しての協定書によれば、減額の取扱いとして、昭和四六年度冬季分については、昭和四六年四月一日より同年九月三〇日までを減額計算の期間とし、その期間中運転事故以外の出勤禁止、出勤停止を受けた者は一日につき一八三分の三を、また病気欠勤した者は一日につき一八三分の一を減額することと定められており、原告は前記のとおり同年四月に病気欠勤を二日しており、さらに同年八月五日から同年九月三〇日までの五七日間は出勤禁止処分を受けていたのであるから、一八三分の一七三が減額されることになり、結局原告に支給されるべき額は八、七八〇円にすぎない。

同(3)の事実のうち昭和四七年度年間臨時給与支給分は基準賃金の四・〇四か月分であることは認めるが、その余の事実は争う。

昭和四七年夏季賞与については、昭和四七年年間臨時給与配分内容(甲第一六号証の二)によれば、減額の取扱いとして前記同様運転事故以外の出勤禁止、出勤停止を受けたものは一日につき一八三分の三を減額すると定められ、原告は減額計算の期間中である昭和四六年一〇月一日から同年一二月一〇日までの七一日間出勤禁止を受けているので右割合による減額を受けることになり、結局昭和四七年夏季賞与は最低保障の五、〇〇〇円となる。また、昭和四七年冬季賞与の計算は前記減額されたものを基礎として算定すべく、そうだとすると、昭和四七年度年間賞与額は一七七、八三〇円である。

同(4)の事実のうち昭和四八年夏季賞与が基準賃金の一・五か月分であつたことは認めるが、その余の事実は争う。

昭和四八年四月一日以降の賃金は前記減額された賃金を基礎として算定されるべきもので、その額は一二四、五六〇円である。

同(四)の事実は争う。

三、証拠〈省略〉

理由

一、被告会社が福岡市に本社を置き、電車軌道、自動車運送事業等を営む株式会社であり、原告は昭和三五年二月二二日被告会社に雇用され、翌三六年一二月より被告会社赤間営業所に自動車運転士兼自動車車掌として勤務していた者であること、および原告が昭和四六年七月二九日勤務終了後の午後一〇時三〇分頃、被告会社赤間営業所において、被告会社巡視員より所持品検査を受けた際、原告が所持していた免許証入れの中から現金一、一〇〇円(一、〇〇〇円札一枚、一〇〇円札一枚)および原告が通勤に使用し、同営業所に隣接するガソリンスタンドの敷地内に駐車していた同人所有の自家用車のダツシユ板ポケツトの中から現金一一五円(五〇円硬貨一枚、一〇円硬貨六枚および五円硬貨一枚)がそれぞれ発見され、被告はこれが被告会社就業規則第六〇条第一三号の「私金の携帯もしくは所持を禁止されている者が勤務中私金の証明がつかない金銭を携帯もしくは所持したとき」に該当するとして、原告をまず就業規則第八条第七号、労働協約第四九条第一項第七号を適用して、同年八月五日から同年一二月一〇日までの間出勤禁止処分に付し、かつ給与規則第三一条労働協約第一七二条を適用して右期間中平均賃金の六〇パーセントしか支給せず、さらに同月一一日付で就業規則第六〇条第一三号を適用して懲戒解雇に付し、以後原告との間の労働契約関係の存在を否認していることはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、まず原告の右金銭の携帯もしくは所持が、就業規則第六〇条第一三号の懲戒事由すなわち「私金の証明がつかない金銭を携帯もしくは所持したとき」に該当するか否かについて検討する。

1  現金一、一〇〇円について

(一)  成立に争いのない乙第五号証の一(ただし、後記採用しない部分を除く)、二、同第二〇号証、原告本人尋問の結果(第一回)によつて成立を認める甲第一号証の一、二、同第二ないし七号証、証人石津美智子の証言によつて成立を認める甲第一〇号証、証人畠中泰蔵の証言によつて成立を認める乙第三号証、同第八号証、証人羽立喜代賀、同石津美智子の各証言および原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、次の各事実が認められる。

(1) 原告は、昭和四六年七月二六日朝、原告の妻から現金三、〇〇〇円(一、〇〇〇円札三枚)を借金返済ならびに小遣いの名目で受け取り、これをそのまま自宅二階のたんすの上に保管していたが、同月二八日午後一時五〇分頃勤務を終えて帰宅し、その日は、被告会社のグループ会合が慰安会を兼ねて福岡県遠賀郡の波津海水浴場で行なわれることになつていたので、原告はこれに出席するため、小遣銭として右三、〇〇〇円の現金を所持して同海水浴場に行き、午後五時頃会合が解散してから、当時、原告は羽立誠の妻喜代賀を通じてブラザーミシン販売株式会社との間にブラザー製品の予約販売契約を結んでおり、その初回の月掛金を同女に立て替え支払つてもらつていたので、その帰途、宗像郡福間町にある羽立方に立ち寄つて、その返済をするつもりであつたが、羽立誠とは数年前から懇意にしており、時折同人宅で酒食のもてなしを受けたこともあつたので、この機会に日頃のお返えしとして、同人に酒食をもてなそうと思い立ち、それには三、〇〇〇円の所持金では不足するかもしれないと思い、知人である同郡玄海町鐘崎の「西川商店」こと西川真澄から現金一、〇〇〇円(一、〇〇〇円札一枚)を借用し、都合四、〇〇〇円(一、〇〇〇円札四枚)を所持して同日午後九時頃羽立宅を訪れた。原告は、羽立方で喜代賀にブラザー製品予約販売契約の月掛金の立替金一、〇〇〇円を右所持金の中から支払い、羽立誠は未だ帰宅していなかつたので、喜代賀を誘つて同郡福間町国道三号線沿いにあるドライブイン「ウエスト」に赴き、同店焼肉部において、焼肉二人前(六〇〇円)とビール一本(二〇〇円)を共に飲食し、代金八〇〇円は原告が所持金の中から一、〇〇〇円札一枚で支払つて、つり銭二〇〇円を受領し、さらに同店レストラン部において、ポークカツ(三五〇円)、グラタン各一人前とビール一本(二〇〇円)を共に飲食し、代金は九〇〇円であつたので、これも原告が所持金の中から一、〇〇〇円札一枚で支払いつり銭一〇〇円を受領したが、その際、そのつり銭で同店においてロングピース一個(一〇〇円)を購入した。しかして、同日の原告の所持金の残額は一、二〇〇円であつた。

(2) 翌二九日の原告の勤務は午後二時からの予備勤務であつたので、午前九時頃、原告は自動車の月賦代金として、その日妻から受け取つた一万円を同郡福間町所在の西日本相互銀行福間支店に支払うため、自家用車に原告の子供二人と父石津徳見を乗せて、同店に赴いたが、帰宅後の午前一〇時三〇分頃、子供の歯の治療のため、再び子供二人と妻美智子を自家用車に乗せて、同郡津屋崎町所在の赤間歯科医院へ行き、その帰途、同医院隣りの鐘川商店でコカコーラ普通サイズ一本(三五円)、アイスクリーム一〇円もの二個、二〇円もの二個を買い、その代金九五円は、原告が前日の所持金の残金一、二〇〇円の中から支払い、つり銭五円は子供に小遣い銭として与え、その残金一、一〇〇円(一、〇〇〇円札一枚、一〇〇円札一枚)を免許証入れの中に入れ、これをその時着ていた社服ズボンの右後ポケツトに入れて帰宅した。

(3) 原告は、同日午後一時四五分頃、予備勤務のため自家用車で赤間営業所に出勤したところ、制服の開襟シヤツを自宅に置き忘れたことに気付き、しかも伊東当務助役に突然午後二時四〇分発福岡行きのバスダイヤの代務を命ぜられたため、出勤報告をして、私金を所持していないことを誓約する書類(乙第二〇号証)に押印したものの、発車時刻も迫つていたので、出勤簿に押印する余裕もなく、車であわてて自宅にシヤツを取りに引き返えし、再び赤間営業所に戻つたのは発車時刻五分前であり、ワンマンバスの運行に必要な整理券、回数券、つり銭等を整えるのが精一杯で、車輛の点検もしないまま発車時刻を五、六分遅れて発車したため、勤務終了後、巡視員に発見されるまで、前記免許証入れの中に入れていた現金のことは全く失念していて、その届出をしなかつた。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  被告は、本件免許証入れの中から発見された一、一〇〇円の現金については、原告の弁解は終始一貫せず、現金の出所およびその費消状況等についての陳述も変転し、必ずしも私金の証明がなされたとはいい難いと主張する。しかし、

(1) 証人中島一角の証言によつて成立を認める乙第二号証(本件金銭が発見された直後に、巡視員が原告を最初に取調べた時の状況を記載した報告書)によれば、原告は一、一〇〇円の出所についてかなり変転した供述をしている部分が認められる(もつとも右証人中島一角の証言によれば、乙第二号証は問答体の形式はとつているものの原告に対して読み聞けがなされたことも、また同人の署名押印もなく、取調べ側において一方的に作成したものであることが認められるから、原告の供述が果して乙第二号証記載のとおりに変転したものかどうかは疑わしい)が、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は前記説示のごとく、取調べの当初現金を所持していることを全く失念していたため、それを所持品検査の際発見されたことによる狼狽と興奮した状態の中で、四、五名の巡視員からその出所をするどく追及されて混乱し、冷静に思い出すことができずに弁解が変転したという事情がうかがわれるし、しかも、右原告本人尋問の結果(第一回)および前掲乙第三号証(指導助役山下保作成の調査書、この原告に対する取調べは本件各金員が発見された日の翌翌日である七月三一日に行なわれたが、原告の供述内容に相違ないことを認める署名押印がなかつたので、翌八月一日にいたり原告の署名押印を得たもの。)によれば、原告のその後の供述は一貫して前記(一)認定のとおりである(ただし、グラタンをスパゲツテイと述べている点を除く。)から、原告の当初の供述の変転をもつて前記認定を覆えすことはできない。

(2) また、前掲乙第二号証および同第五号証の一によれば、原告の妻美智子は当初巡視員の取調べに対し、現金三、〇〇〇円を原告に渡した日は発見された当日の七月二九日である旨答えており、そうだとすると、発見された所持金はその残金である旨の原告の弁解は根拠を失なうことになるが、前掲証人石津美智子の証言および原告本人尋問の結果(第一回)によれば、同女も永年被告会社に勤務していたことがあり、運賃チヤージの疑いをかけられた場合、その疑いを晴らすことがいかに困難であるかを熟知しており、かつ原告が所持品検査の際所持していた現金は、同女が同月二六日原告に渡した三、〇〇〇円の全額と思い込み、実際は二六日に渡したにもかかわらず、これを二九日に渡したことにしておけば、私金の届出をうつかり忘れていたものとして容易に説明がつき、夫の弁解にも有利になると判断してそのように答えたものであることがうかがわれ、また、同女も翌三〇日早朝には、直ちに原告および父徳見と連れだつて今橋赤間営業所長宅を訪ねて、同所長に対し前夜の供述を撤回して真実を述べ、同日午前九時過ぎ頃には、同趣旨のことを山下指導助役に電話連絡していることは、前掲乙第五号証の二、証人石津美智子の証言によつて成立を認める乙第七号証および右証人の証言によつて明らかであるから、同女の巡視員に対する前記当初の供述は前記(一)の認定を覆えすに足りない。

(3) 次に、前掲乙第二ないし四号証中には原告らが「ウエスト」のレストラン部で飲食したものについて、原告および羽立喜代賀は巡視員の取調べに際し、当初ビール一本とポークカツおよびスパゲツテイ各一人前を飲食した旨述べた旨の記載があるが、もしそうであれば、証人松尾照己の証言によつて成立を認める乙第一四号証の二(当時の「ウエスト」レストラン部のメニユー)によれば、ビール価格は一本二〇〇円、ポークカツ一人前の価格は三五〇円であり、またスパゲツテイのうち最も高いもの(ウエスト風スパゲテイ)は一人前二三〇円であることが認められるから、計数上、原告が主張するようにその合計額は九〇〇円とはならず、費消行為について原告の主張とそごを生ずることになる。しかし、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は「ウエスト」レストラン部においてはポークカツとビールは自ら注文したが、羽立喜代賀の飲食する物については同女の好みにまかせ、当時同女が何を注文し、実際何を飲食したかは知らなかつたが、巡視員の取調べに対しては、同女が飲食したものはスパゲツテイに似ているようであつたので(原告は当時グラタンとスパゲツテイの区別を知らなかつた。)スパゲツテイと答えたものであることが認められ、しかも、証人羽立喜代賀の証言によれば、同女が巡視員に対してスパゲツテイを飲食した旨述べたことになつているのは、巡視員が「レストラン部ではビールとポークカツとスパゲツテイを飲食したのではないか」という趣旨の発問をしたため、同女が飲食したのは真実はグラタンであつたが、右のいずれを飲食しようと、さして重要なことではないと判断し、かつ、その調査が行なわれたのは深夜で、夫誠に対して体裁が悪く、早く巡視員に引きあげてもらいたい一心から、右問いに迎合して肯定するような答をしたためであることがうかがわれる。しかも、前掲乙第一四号証の二によれば、当時「ウエスト」のレストラン部にあつたグラタンの種類は最高三五〇円の海老グラタンより最低二〇〇円のマカロニグラタンまで四種類あり、証人羽立喜代賀の証言によれば、同女がレストラン部において食べたグラタンは、とにかく値段の高い方のものであつたことがうかがわれるから、レストラン部における飲食代金は九〇〇円であつたとの原告の主張も首肯し得るところである。そうだとすると、同女がレストラン部で食べたのは前記(一)認定のとおりスパゲツテイではなくグラタン(その価格は三五〇円のもの)であると認めるのが相当である。

もつとも、証人松尾照己の証言中には、原告が羽立喜代賀と飲食した昭和四六年七月二八日当日の「ウエスト」のレストラン部の伝票中には、グラタン一人前二五〇円、ポークカツ一人前三五〇円、ビール一本二〇〇円、合計八〇〇円の組合わせの伝票はあつたが、前記(一)認定のような組合わせの伝票はなかつた旨の供述があるが、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、同日原告が羽立喜代賀と共に同店で飲食した際には、同店係員から原告らに注文伝票(またはこれに類するもの)を交付されておらず、原告は飲食後、レストラン部を出る際に、レヂにおいて会計係よりはじめて飲食代金の合計額を告げられ、それをそのまま支払つたにすぎないことが認められるから、同レストラン部において当時客の全員につき正確に伝票を作成していたものとはいえず、また証人松尾照己の証言によつて成立を認める乙第一四号証の一(ウエスト営業部長佐伯堯樹作成の証明書)によつても未だ前記事実を肯定するに足らず、他に、右事実を認めるに足りる証拠はないから、前記証人の証言だけでは右事実を正当なものとして、前記(一)の認定を覆えすことはできない。

(4) なお、成立に争いのない乙第九号証によれば、原告は所持品検査を受けた際、「所持していた一、一〇〇円の現金は私金としての立証もできないので、公金着服とみなされても異議ない」旨の口述書を被告会社に提出していることが認められるが、原告本人尋問の結果(第一回)によつて明らかなように、右口述書は原告が所持品検査によつて金銭を発見された際、被告会社巡視員から要求されるまま、よく意味を考えることもなく、巡視員があらかじめ用意していたひな型(被告会社巡視員がかねて右口述書と同趣旨の内容の書面を携帯していることは前掲証人中島一角の証言によつて明らかである。)に基づいて作成し提出したものであつて、公金着服の事実を自ら認めたものではないことが認められるから、右一片の口述書によつて前記(一)の認定を覆えし得るものではない。

その他、前記(一)の認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  以上認定の事実によれば、原告が所持品検査の際所持していた一、一〇〇円については、原告が昭和四六年七月二六日原告の妻美智子から受け取つたと認められる金員および西川真澄から借用したと認められる金員の合計と、原告がその後所持品検査を受けるまでの間に費消したと認められる金員の合計二、九〇〇円との差額と完全に符合することになるから、前掲就業規則第六〇条第一三号の規定をどのように解釈するにせよ、右金員については、ゆうに私金であることの証明がなされたものといわねばならない。

2  現金一一五円について

(一)  前掲甲第七号証、乙第三号証、証人石津美智子、同月形康夫、同中島一角の各証言および原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、次の各事実が認められる。

(1) 原告は、かねて、通勤に使用している自家用車を赤間営業所に隣接する出光ガソリンスタンドの敷地内に駐車していたが、同所は被告会社が同店で給油している等の事情から、同営業所の従業員らが駐車場として無償で借り受けていたものであり、勤務中でも往き来が可能であるため、当時から被告会社より私金所持禁止区域とされていたものであり、本件金銭が発見された当日の昭和四六年七月二九日にも原告は同所に自家用車を駐車していたものである。

(2) 当日、所持品検査によつて前記一、一〇〇円が発見され、これについての原告に対する取調べが一応終了した後、さらに、巡視員が原告立会のもとに、右ガソリンスタンド内に駐車中の同人所有の自家用車内を調べたところ、一一五円がダツシユ板ポケツトの中から発見されたが、右現金は前記1の(一)の(2)認定のとおり、同日朝原告が右自家用車に子供二人と父徳見を同乗させて、西日本相互銀行福間支店に自動車月賦代金の支払いに赴いた際、右徳見が孫達の菓子代にと携帯した小銭を、浴衣を着ていてしまうところがなかつたため、原告に告げることなく同車のダツシユ板ポケツトの中に入れていたのを、結局、その時は費消せずに、そのまま置き忘れていたものである。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  被告は、一一五円についての被告会社の取調べ段階における原告の弁解は、極めてあいまいであつて、それが私金であることについて明確な弁解をしなかつた旨主張するが、前掲甲第七号証、乙第三号証および原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告は右金員については全く身に覚えがなく、まして、父徳見が前記のような事情で入れたものとは知る由もないため、巡視員の取調べに際し、当初、自分は知らないが、自家用車には時折弟が乗るので弟が入れたかも知れないし、あるいは子供達が置いたかも知れない旨弁解していたが、その後弟や子供達に尋ねても右金員の出所が判明しないので、被告会社の取調べが一応終了した同年八月三日の夕食時にその旨家族の面前で話したところ、父徳見が前記(一)の(2)で認定した事実を述べたので、原告ははじめて父徳見が右金員を自家用車のダツシユ板ポケツトに入れたものであることを知り、翌四日午前中に早速その旨赤間営業所の山下指導助役に報告し、原告の加入する西日本鉄道労働組合にも赤間分会を通じて報告したことが認められるから、被告会社の取調べ段階において、私金であることにつき明確な弁解をし得なかつたのはまことにやむを得ないことといわねばならない。

以上認定の事実によれば、前記1の場合と同様、一一五円についてもゆうに私金であることの証明がなされたものというべきである。

3  以上のとおり、昭和四六年七月二九日の勤務終了後になされた所持品検査の際、原告の携帯していた免許証入れの中から発見された現金一、一〇〇円および原告の自家用車のダツシユ板ポケツトの中から発見された現金一一五円については、いずれも就業規則第六〇条第一三号に規定する「私金の証明」がなされたことが明らかであるから、原告の右所為が同条項に該当するとしてなされた本件懲戒解雇は爾余の点についての判断をまつまでもなく無効であり、原告は依然として被告会社に対して労働契約上の権利を保有するものというべきである。

三、前項のとおり、原告につき就業規則第六〇条第一三号に該当する事実が存せず、本件解雇処分が無効であるなら、右条項に該当することを前提として、懲戒処分に付されるまでの暫定措置としてなされた出勤禁止処分の効力如何が問題となるので、以下この点について検討する。

1  成立に争いのない乙第一号証の一、二(就業規則)、同第一〇号証(労働協約)によれば、就業規則第八条および労働協約第四九条第一項は、従業員を出勤または就業禁止にできる場合として「破廉恥行為を行なつたとき」(第一号)、「本人の過失により、重大な事故を発生させたとき」(第二号)、「火器、凶器等の危険物を所持し、特に他に危害を加えると認められたとき」(第三号)、「飲酒、精神錯乱その他の理由により、就業に支障があると認められるとき」(第四号)、「自動車運転免許資格喪失後四か月以内に取得できないとき」(第五号)、「法令に定める伝染病、精神病または労働のために病勢が悪化するおそれのある疾病にかかつたとき」(第六号)等を掲げており、これら各号を通観すると、出勤または就業禁止処分は、当該従業員をそのまま出勤または就業させるときは、(イ)被告会社の対外的信用を損ない、(ロ)職場の秩序を乱すおそれがあり、さらには、(ハ)従業員の正常な労務の提供が期待できないような場合に、その出勤または就労を禁止してこれを防止せんとする制度であることがうかがわれ、また第七号の「懲戒処分に該当する事由のあつたとき」というのも、右(イ)、(ロ)と同様の趣旨で設けられたものと解せられる。すなわち、第七号による出勤または就業禁止処分は、前記労働協約(乙第一〇号証)によつて明らかなように、会社において従業員を懲戒処分に付そうとする場合には、それが諭旨解雇ないし懲戒解雇のときは中央労使協議会にまた譴責、減給ないし出勤停止のときは支部労使協議会に提案し、如何なる処分に付すべきかはその協議会において決定するが、もし提案された日から四か月を経過しても解決しないときは、会社はこれを懲戒処分に付することができることとなつている(労働協約第三四条第一項、第三九条第一項、および覚書)。右労使協議会では懲戒事由の存否について調査をするが、その処分を決定するまでには、通常かなりの日時を要し、出勤または就業禁止処分後それが解除されるまでには相当の日時を要する(この事実は弁論の全趣旨によつて容易に認めることができる。)ところから、その間、会社において当該従業員の出勤または就業をそのまま認めたのでは、会社の対外的信用が損われ、あるいは職場の秩序を乱されるおそれがある場合に、これを防止するために、最終の懲戒処分が行われるまでの暫定措置としてなされるものであると解される。

さらに、前記出勤または就業禁止処分は、前記のごとく就業規則第八条および労働協約第四九条第一号によつて設けられた制度である以上、これは一つの独立した処分であると解するのが相当であつて、この処分が最終の懲戒処分がなされるまでの暫定措置としてなされるものであるからといつて、この場合だけ懲戒処分に付随し、常に懲戒処分の効力と運命をともにするものと解するのは相当でない。しかして、第七号の「懲戒処分に該当する事由のあつたとき」とは最終的に当該懲戒事由が存在したことを意味するのではなく、出勤禁止処分に付する当時において、会社が知り、または相当の注意をもつてすれば知り得たであろう資料に基づいて、客観的、合理的に判断して懲戒事由の存することが認められれば足り、その後の調査によつて懲戒事由が存在しないことが判明しても、遡つて出勤禁止処分が無効となるものと解すべきではない。

2  そして、成立に争いのない乙第一〇、一一号証によれば、本件のごとく従業員が出勤禁止処分に付されると、労働協約第一七二条給与規則第三一条によりその期間中出勤を禁止され、平均賃金の六〇パーセントの賃金しか支給されず、また成立に争いのない甲第一六、一七号証の各一、二によれば、毎年四月の賃上げに際し、出勤禁止一日につき三六六分の三の割合によつて、コース・職位別加算より減額控除され、年間臨時給与(いわゆる賞与)についても夏季または冬季の計算期間中に出勤禁止に付された期間があれば、一日につき一八三分の三の割合で控除される等の不利益を受ける定めとなつていることが認められ、しかも、証人松尾和彦の証言によると、被告会社においては、本件のごとく労使協議会に解雇の提案をし、懲戒処分がなされるまでの間に、賞与支給日が到来した場合には、従来の慣行を理由に、賞与の支給を一時差止め、最終的に解雇に付された場合には一切賞与の支給をしない取扱いをしていることがうかがわれる(ただし、このような取扱いが正当なものか否かはしばらくおく)。そして、また本件の場合は、原告は昭和四六年八月五日から同年一二月一〇日まで実に一二八日間の長きに亘つて出勤禁止処分に付されており、前記認定のごとく、他の場合においても、通常その期間は相当長期に及んでいるのが実情であるから、前記第七号では懲戒処分の種類について何らの制限も加えていないけれども、出勤禁止処分に付するかどうかの裁量権の範囲にはおのずから客観的制約が存するものというべきであり、その裁量権を行使するにあたつては、制度の趣旨を逸脱しないようにその限度を守るべきである。

そして、本件の場合の出勤禁止処分の趣旨、目的は、従業員に懲戒事由が存するのに、懲戒手続未了の間に、その者をそのまま職務に就かせることは、職場秩序上好ましくないとの配慮にあると解されるから、懲戒事由が存在しても、企業内における秩序ないし労務の統制の面から評価して事案が軽微であるとみられ、さほど重い懲戒に値しない場合には、特に出勤禁止処分に付さなくとも職場の秩序を乱すおそれは少ないのであるから、かかる場合に出勤禁止処分に付することは、右趣旨、目的に照して相当でない。しかも、被告会社の出勤禁止処分は、本件のごとく四か月以上にも亘る場合があるのであるから、懲戒権の発動として、従業員を職場から最終的に排除するような懲戒処分(すなわち、前記就業規則第五八条に規定する諭旨解雇以上の懲戒処分)がなされる可能性が十分予想される場合においてのみ、初めてその処分が相当であるとして容認されるものというべきである。もしそうでないとすれば、出勤禁止処分によつて被る不利益に比較して、最終的懲戒処分によつて被る不利益(前記就業規則第五八条によれば、諭旨解雇に次ぐ懲戒処分は出勤停止であるが当該処分の出勤停止期間は最高一〇日にすぎず、これによつて受ける不利益は、その期間については、賃金が全額支払われないことのほか、前掲甲第一六号証の一、二によれば出勤禁止処分の場合と同様、賃上げおよび年間臨時給与の配分の面において減額の取扱いを受けるに止まる。)の方が極めて少ないという結果になり、出勤禁止処分に伴う不利益と懲戒処分によるそれとが著しく均衡を失することとなつて、とうてい裁量権の行使が客観的に許される範囲内のものとはいえなくなるからである(さきに述べたごとく出勤禁止処分が就業規則ないし労働協約によつて認められた独立の制度であるとしても、前記第七号の場合は、本来の懲戒処分までの暫定措置であるという面は否めないのであるから、出勤禁止によつて被る不利益が本来の懲戒処分によつて被る不利益を著しくしのぐようなことは本末転倒であつて、到底容認すべきことではない。)。このことは、前記のごとく就業規則または労働協約上は、出勤停止以下の処分を会社が労使協議会に提案する場合においても、出勤禁止処分に付することができるようになつているにもかかわらず、証人松尾和彦の証言によつて明らかなように、被告会社においては、従来労使協議会に解雇の提案をなす場合にのみ、出勤禁止に付している事実に照しても首肯し得る。

3  これを本件についてみるに、原告の所為が被告会社の就業規則第六〇条第一三号に該当しないことは前記二認定のとおりであるが、前掲乙第一号証の一、二、第一〇号証、証人松尾和彦の証言によつて成立を認める乙第二一号証、証人中島一角の証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)並びに弁論の全趣旨によれば、本件に関する被告会社巡視員の原告ならびに関係人に対する取調べおよび裏付調査は殆んど昭和四六年七月いつぱいで終了し、遅くとも原告を出勤禁止処分に付するまでにはすべて終了していたこと、その結果同年八月三日までに乙第二ないし四号証、第五号証の一、二、第六ないし九号証の資料を得、さらに翌四日原告より一一五円の出所について前記のごとき報告を受けたところ、被告会社はこれらの資料から判断するかぎり、また本件の一、一〇〇円および一一五円の双方について、原告の所有にかかるものであることの証明がなされたとはいえず、したがつて、原告の現金所持行為は、被告会社の就業規則第六〇条第一三号にいわゆる「第六条の遵守義務のある者が私金の証明がつかない金銭を携帯もしくは所持したとき」に該当するものとし、懲戒解雇に処するのを相当と考え、同月五日より原告を出勤禁止処分に付するとともに、労働協約第四九条第二項の規定に則り、その日から二〇日以内の同月二四日付をもつて、西日本鉄道労働組合に原告の懲戒解雇を提案したことが認められる。しかしながら、これらの関係資料を仔細に検討すれば、本件所持品検査の際発見された前記各金員については、出勤禁止処分当時既に私金であることの証明がついていたものと認めることができる。すなわち、本件の一、一〇〇円については、当初原告の弁解に多少の変転があつたにせよ、最終的には前掲乙第三号証によつて明らかなとおり、前記二の1において認定したとほとんど同様の弁解をし、それを裏付ける関係者の供述も得ており、ただ「ウエスト」レストラン部で羽立喜代賀が食べたグラタンについては、原告は当時その区別をよく知らず、グラタンをスパゲツテイと供述していたので、これによると、原告が当初の所持金の中から費消したと記憶する金額を差し引いた残金と、実際に発見された一、一〇〇円との間に一〇〇円程度のそごが生ずることになるが、本件のごとく、色々な箇所で数種類の費消行為をしたような場合にはわれわれの日頃の経験に照せば、のちにいくら記憶を喚起してみても説明のつかないくいちがいが生ずることはよくあることであり、さらに、被告会社の就業規則第六〇条第一三号は「私金の証明がつかない金銭を携帯もしくは所持した」ことをもつて、同条第九号の「許可なく会社の金銭、物品を持ち出しまたは持ち出そうとしたとき、もしくは私用に供しまたは供しようとしたとき」または同条第一一号の「会社の現金乗車券その他有価証券……を許可なく私用に供しまたは供そうとしたとき」と全く同様に扱い、懲戒解雇を含む重い処分に付そうとするものであることをも併せ考えると、この程度の金額のくいちがいがあることをもつてただちに私金の証明がつかないものと断定することはできず、もし、被告会社において、なおこの点に疑念を抱くのであれば、さらに原告および羽立喜代賀に対して、その点の調査をすれば、同人らが本件訴訟において供述したような資料を得られたであろうことは容易に推測でき、また、一一五円についても、前記二の2認定のとおり、当初は原告に覚えのない金銭であつたため、その出所について説明できずにいたところ、同年八月三日に至り、父徳見から事情を聞いて、同人が自家用車のダツシユ板ポケツトに入れたことが判明し、翌四日午前中には山下指導助役にその旨報告しているのであるから、既にその時点で、被告会社に対し、私金であることの証明がなされたものというべきであり、もし、被告会社において、なお疑念を抱くのであれば、直接、徳見に対する調査を行なえば容易にその事実を確認し得たはずである。もつとも、成立に争いのない乙第一八号証の一、二、第二七号証、証人松尾和彦の証言によれば、当時被告会社では従来からのいきさつもあり、就業規則第六〇条第一三号の「私金の証明がついたとき」については、特に厳格に解釈して指導していたことがうかがわれ、本件についても、あえて右条項を厳格に解釈し、同条項に該当する事由があるとして原告を出勤禁止処分に付したものと思われるが、従業員に対する指導としてならともかく、懲戒事由の存否の判断にあたり、会社の都合により、特に右条項を厳格に解釈し、適用することは許されないのであつて、その判断は、あくまでも社会通念に照らして客観的、合理的になされるべきものである。

そうだとすると、被告会社が原告を出勤禁止処分に付した当時において、被告会社が知り、または相当の注意をもつてすれば知り得たであろう資料に基づけば、原告の本件各所為は就業規則第五九条第一七号の「私金携帯を禁止されている者が、勤務中私金を携帯したとき」には該当しても、同規則第六〇条第一三号には該当しないものといわねばならないから、原告に対する本件出勤禁止処分は、同条項の懲戒事由がないのになされたものとして、本来予想される懲戒処分(前記のごとく同規則第五九条第一七号違反の懲戒処分は出勤停止一〇日以下の処分があるにすぎない。)との均衡を失し、かつ被告会社における従来の就業規則第八条(出勤禁止)第七号の運用の経過に照しても、著しく苛酷な不利益処分として裁量権の行使を誤つた無効のものと断ぜざるを得ない。

四、賃金請求権

1  出勤禁止期間中の差額賃金

昭和四六年八月五日から同年一二月一〇日までの出勤禁止期間中、原告は毎月被告より平均賃金(基準賃金六三、二四〇円、基準外賃金二五、六〇〇円)の六〇パーセントしか支給を受けていなかつたこと、および当時の原告の平均賃金は三コース、七職位で八八、八四〇円であつたことはいずれも当事者間に争いがなく、被告会社のなした本件出勤禁止処分が無効であることは前記説示のとおりであるから、原告は被告に対し、その差額の請求権を有するところ、右期間のうち三か月分の差額の合計額が一〇六、六〇八円となることは計数上明らかであるから、被告に対して右金員の支払を求める原告の請求は理由がある。

2  賃金

(一)  昭和四六年一二月一日から昭和四七年三月三一日までの賃金は、原告の当時の平均賃金が八八、八四〇円であることおよび被告会社のなした本件出勤禁止処分が無効であることは前記説示のとおりであるから、右の期間において、原告が被告会社より支給を受けるべき賃金の合計額は三五五、三六〇円である。

(二)  昭和四七年四月一日から昭和四八年三月三一日までの賃金

また、被告会社においては、昭和四七年四月一日から基本給の賃上げがなされ、三コース、七職位について一か月当り一〇、一一〇円の賃上げがされたことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第一六号証の一(昭和四七年四月以降賃金配分内容)によれば、同年四月における基本給の賃上げは、昭和四六年四月一日より昭和四七年三月三一日までの間の出勤状況によつて減額の取扱いがなされることとなつているが、被告会社がなした本件出勤禁止処分は前記説示のとおり無効であるから、減額の対象事由とはなり得ず、被告の主張する昭和四六年四月頃原告が二日の病気欠勤をしたとの事実も、これを確認するに足りる証拠はない。そうだとすると、原告は、昭和四七年四月の賃上げにつき、減額の取扱いを受けるいわれはないから、同年四月一日から翌四八年三月三一日までの間における原告の賃金は一か月当り九八、九五〇円となる。しかして、右の期間において、原告が被告会社より支給を受けるべき賃金の合計額は一、一八七、四〇〇円である。

(三)  昭和四八年四月一日から同年六月三〇日までの賃金

さらに、被告会社においては、昭和四八年四月一日から基本給の賃上げがなされたこと、そして三コース、七職位については一か月当り一四、四〇〇円の賃上げがなされたことはいずれも当事者間に争いがない。そして、前記説示のごとく被告会社のなした本件出勤禁止処分が無効である以上、昭和四八年四月一日以降の原告の賃金は一か月当り一一三、三五〇円となる。しかして、右の期間において、原告が被告会社より支給を受けるべき賃金の合計額は三四〇、〇五〇円である。

(四)  したがつて、原告が、被告会社より、昭和四六年一二月一日から昭和四八年六月三〇日までの間に支給を受けるべき賃金の合計額((一)ないし(三)の合計額)は、一、八八二、八一〇円であり、昭和四八年七月一日以降支給を受けるべき賃金は一か月当り一一三、三五〇円である。

3  年間臨時給与

被告会社の従業員は、毎年労使間の協約等に従い、年間臨時給与として、夏季および冬季の賞与を受けることになつていることは当事者間に争いがない。

(一)  昭和四六年冬季の臨時給与

被告会社が原告に対し昭和四六年冬季の賞与を支給しなかつたことおよび右賞与の支給分は基準賃金の二・五四か月分であり、原告の当時の基準賃金が六三、二四〇円であつたことは当事者間に争いがない。そして、前記認定の事実によれば、被告会社では労使協議会に対し、解雇の提案をし、懲戒処分の決定がなされるまでの間に賞与支給日が到来した場合は、当該従業員に対し賞与の支給を一時差止め、最終的に解雇に付された場合には、そのまま賞与は支給しない取扱いにしていることがうかがわれるが(被告は右取扱いは事実たる慣習に基づくものであると主張するが、かかる事実たる慣習の存在を認めるに足りる証拠はない。)労働協約、就業規則、その他給与規則、覚書等の関係諸規定を検討しても、解雇提案がなされた従業員に対して、右のごとく賞与の支給を差止めることを根拠づけるものは何も存しないのみならず、本件出勤禁止処分および懲戒解雇処分はいずれもその効力を有しないというのであるから、被告会社において賞与の支給を拒否し得べき理由はなく、被告会社は原告に対し、昭和四六年冬季の賞与を支給すべき義務がある。そして、その額が一六〇、六二九円(63,240円/月×2.54月)であることは計数上明らかである。なお、前掲甲第一六、一七号証の各二によれば、年間臨時給与の配分においても、賃上げの場合と同様の減額の取扱いがなされているが、これについては前記2の(二)記載のとおり、原告には減額の対象事由はないから、減額を受けるべきいわれはない。

(二)  昭和四七年度年間臨時給与

昭和四七年度年間臨時給与が基準賃金の四・〇四か月分であることは当事者間に争いがなく、同年度の原告の基準賃金が七三、三五〇円(すなわち基準賃金六三、二四〇円に一〇、一一〇円を加算した額)であることは前記認定の事実によつて明らかである。

そうだとすると、原告が被告会社より支給を受けるべき同年度の年間臨時給与の額は二九六、三三四円(73,350円/月×4.04月)となる。

なお、昭和四七年度夏季の賞与についても、前掲甲第一六号証の二によつて明らかなように、賃金の場合と同様の減額の取扱いがなされているが、これについては前項(一)の場合と同様、原告には減額の対象事由はないから、減額を受けるべき理由はない。

(三)  昭和四八年夏季年間臨時給与

昭和四八年夏季の年間臨時給与は基準賃金の一・五か月分であつたことは当事者間に争いがなく、同年度の基準賃金が八七、七五〇円(すなわち基準賃金七三、三五〇円に一四、四〇〇円を加算した額)であることはさきに認定した事実によつて明らかであるから原告が被告会社より支給を受けるべき右年間臨時給与の額は、一三一、六二五円(87,750円/月×1.5月)である。

4  以上のとおり、原告は被告に対し前記1ないし3の合計額二、五七八、〇〇六円および昭和四八年七月一日以降毎月二三日限り(賃金の支払日が毎月二三日であることは前記乙第一一号証の給与規則第三七条によつて明らかである。)金一一三、三五〇円の賃金を請求する権利を有するものである。

五、よつて、被告に対し、労働契約上の権利を有することの確認並びに前記合計額のうち二、四七一、三九八円および昭和四八年七月一日以降毎月二三日限り一か月金一一三、三五〇円の賃金の支払を求める原告の本訴請求はすべて正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鍬守正一 宇佐見隆男 大石一宣)

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